以前、季節にまつわる魚へんの漢字を紹介させていただいた際、「魚へんに夏と書く漢字は残念ながらない…」と伝えさせていただいた。代わりに「魚夏」と書いてブリの子ども(幼魚・若魚)であるワカシと読むわけだが、時代とともに言葉や漢字は変わるもの。日々、新語や流行語が生まれている世の中、いずれは「魚へんに夏」が1文字の漢字になる日がくるのでは? なんて、ちょっと期待していたりする私…。
さて逸話や由来が面白いというよりは、釣りや魚について日々携わるうえで、単に知っておいて損はないと感じる魚へんの漢字。個人的な都合で大変恐縮だが、日差しがジリジリと照りつける常夏な季節を迎えた今回は、「夏が旬の魚」にまつわる漢字をご紹介したい。
夏が旬の魚といえば…!
アナタはいくつ知っていますか?
「へん」と「つくり」からなる漢字。あまたある漢字のなかで、魚へん(さかなへん・うおへん)の漢字は大半が魚の名称を表している。Theファストフードの先駆け「お寿司屋さん」の湯飲みには、ひじょうにたくさんの漢字が書かれてあったりして、「いったいコレなんて読むの?」と、まず全て読める方は少ないだろう。そのなかでは今回はカンタンかも??
【魳】
スズキ目カマス科に属す魚たちの総称で種類はさまざまな「カマス」。一般的に多いカマスといえば、「アカカマス」と「ヤマトカマス」で、だいたい梅雨明けの初夏からベイトを追いかけて活発に釣れ、秋には数、型ともによくなってくるといわれるフィッシュイーター。サビキ釣り、軽量メタルジグやジグヘッドを使ったライトゲーム、ジギングサビキなどでねらえる「釣って楽しい、食べて美味しい」魚だ。
「本カマス」とも呼ばれるアカカマスに対して、「アオカマス」や「ミズカマス」と呼ばれるヤマトカマス。その見分け方は、背ビレと腹ビレの位置関係をみるとカンタンだろう。背ビレより腹ビレの方が前方にきているものがアカカマス、背ビレと腹ビレがほぼそろっているのがヤマトカマスだそうだ。
老成魚のカマスには「鰤」の字があてられるそうだが、すでに「ブリ」がある。集団でベイトを追いかけて捕食するその姿から、戦を連想し「師(いくさ)」の右側を取って「魳」とし、鰤と区別したという説。そして、人を殺す魚を意味する「魚へんに市=はい」がくずれたのではないかという説があるようだ。人を殺すとは、毒があるということで、バラクーダという名で知られている「オニカマス」の老成魚にはシガテラ中毒の報告があるので、これを表しているのかもしれないということだ。
ちなみに食に関しては、夏場は「ヤマトカマス」が旬。秋からは「アカカマス」が旬だそう。
【鯒】
スズキ目コチ科の魚たちの総称である「コチ」と読む。ヒラメと並ぶ砂地のフラットフィッシュとしてルアーフィッシングで人気なのは「マゴチ」だろう。他にもワニゴチやイネゴチ、メゴチなど、ルアーフィッシングだけでなくエサ釣り(チョイ投げなど)でも釣れる、大小さまざまな種類がいる魚たちだ。
春先に沿岸に近づき、産卵のためにエサをよく食べ栄養を蓄えるので、初夏から真夏にかけて脂がのって美味しいそうだ。東京湾では「夏の照りゴチ」といわれ、夏の沖釣りの風物詩でもある。
平べったい体にギョロっとした目玉がどことなく愛嬌のあるコチは、その容姿から骨ばったイメージが強いよう。しかも、神主さんが手に持つ笏(しゃく)に見たててコチと名付けられたという。(笏は“コツ”の音だが骨と同音になるのを避けるため、“シャク”に読みを替えたそうだ)
漢字に関しては、コチがエサを捕らえる際、跳ね踊る(はねおどる)姿から「甬」を採用したという説。単に姿が「甬」に似ているからという説。細長い筒型の桶(おけ)や樋(とい)にコチの体形が似ていることから、桶や樋の略体「甬」を採用したという説などさまざま。
【鱚】
スズキ目キス科に属す魚で、北海道南部から九州にかけて内湾や岸近くの砂泥にすむ魚「キス」。その透き通った姿が美しく、しかも釣りやすいとあって、初心者からエキスパートまで熱中する投げ釣りのターゲットだ。一般的にキスといえば「シロギス」を指し、12・3cmのピンギスから20cm前後のサイズがほとんど。しかし秋の「落ちギス」になると、越冬のためエサを蓄えた中・大型のものが釣れ、釣り人を楽しませてくれる。ちなみに日本記録は全長37.2cm!! 30cmを超えると「尺ギス」と呼ばれ、キスとは思えない強烈な引きが味わえる。
キスという名は沿岸部に生息することからか、「岸(キシ)」の訛りらしいという説。また、その身が透き通って潔白であることから「潔(キヨシ)」がもととなりキスになったという説。はたまた、「キ」は接頭語で「ス」は飾り気がなく清楚でおとなしく、味が淡白な魚を表すということで、キスになったという説などさまざま。
漢字の成り立ちとしては、キスの「キ」の読みだけを取って、喜ばしくめだたそうで、幸せを運んでくるという意の漢字「喜(キ)」が選ばれたということだそうだ。
初夏から秋にかけて誰にでも手軽にねらえる魚。そして、天ぷらや塩焼きなどフワっとした身が美味しい身近な魚でもあるキス。釣って喜ばれること間違いなしだ!
【鰯】
「イワシ」といえば釣り人にとって「ベイトフィッシュ」としてのイメージが強いのではないだろうか。青物やマダイといったフィッシュイーターのエサとしての認識で、ウルメイワシやカタクチイワシなどがその代表。そして、The・イワシといえば「マイワシ」を指すと思われる。
イワシと名のつく魚は、実はグルーピングが微妙に分かれており、マイワシやウルメイワシは「ニシン目ニシン科(ニシンの他にコノシロ、サッパ、キビナゴなどがいる)」。カタクチイワシは「ニシン目カタクチイワシ科」。さらにトウゴロウイワシは少し縁遠く、「トウゴロウイワシ目トウゴロウイワシ科」というグループにそれぞれ属している。
他のイワシよりカロリーが高いマイワシは、体の側面に7つ(くらい)の黒点を持つのが特徴。マイワシの油(魚油)には、DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)が多く含まれるのは有名で、ベイトフィッシュとしてだけでなく健康のために美味しくいただくのもイイ!
漢字の成り立ちは、多くの魚の餌食となったり、水から出すとすぐに死んでしまうなど弱い魚だからという説。腐りやすく、煮ると身が崩れやすいということで同じく弱いという説。食において下賤(げせん)な魚とされ「卑し(いやし)」からイワシとなったという説などさまざまで、魚好きにはけっこう知られた話かもしれない。
ちなみに、「鰮」という字もイワシと読むそうだが、どちらかというとコイ目コイ科の「カマツカ」という魚を表しているそう。もし興味があれば調べてみてはいかがだろうか?
【鮹】
「釣って楽しい食べて美味しい、足下の暴れん坊」といえば…そう、「タコ」だ。魚へんでありながら魚では当然なく、八腕形目マダコ科に属す軟体動物。なかでも代表的なのは、マダコ、イイダコ、ミズダコなどが釣りや食で馴染み深いのではないだろうか。
とくに代表格のマダコは、エビやカニといった甲殻類を巣穴に持ち帰り食べる習性があるため、その習性を利用したタコ壺漁が古くから行われている。また、釣りでは従来からタコテンヤというエサ釣りが主流だったが、近年ではタコエギ、タコスッテ、タコジグなど、ルアーフィッシング要素の強い釣り方も盛んになってきた。産卵が夏とあって、その直前が美味しく「梅雨ダコ」や「麦わらダコ」といわれ人々に親しまれている。
タコの語源にはいろいろとあるようだが、タは手、コは子で、手の多い動物であるという意からきているという説。「多股(たこ)」すなわち足が多いという意からタコと呼ばれるようになったという説など、比較的イメージしやすい。
一般的には「蛸」と虫へんで表されることの多いタコ。でも実は、本来「蛸」はクモを表しているそうで、タコは海にすむ足が8本の生き物(クモ)を意味する「海蛸子」と表記されたようだ。それが省略されて魚へんの「鮹」となったのだという。
タコ焼きだけでなく、刺身やサラダ、パスタにから揚げなど、数多くの料理の食材として普段食卓を彩ってくれているタコ。海外では恐れられている地域もあるようだが、われわれ日本人には馴染みのある食材だ。しかし近年、海水温の上昇にともない15cmほどの小さく可愛らしい姿とは裏腹に、猛毒のテトロドトキシンをもった「ヒョウモンダコ」が生息域を拡大しているので、こちらには要注意だ!
といったわけで、「夏が旬の魚」にまつわる漢字を紹介させていただいた。いかがだっただろうか?
四方を海に囲まれた島国日本に住むわれわれにとって、魚は身近な存在。四季折々の魚料理が食卓を飾り、胃袋を満たしてくれる恵まれた環境に感謝し、また機会があれば他の季節の漢字も紹介させていただきたい。
ぜひ、懲りずにお付き合いを…。
※本文の漢字の成り立ちや名前の由来は諸説あるうちの一部です。ご了承下さい。
出典:
新村出編 (2018) 『広辞苑』第7版 岩波書店.
小西英人著 (2018) 『写真検索 釣魚1400種図鑑』 KADOKAWAメディアファクトリー.
江戸屋魚八著 (2002) 『ザ教養 魚へん魚講座』 新潮社.
加納喜光著 (2008) 『魚偏漢字の話』 中央公論新社.