海外釣り旅 特別編 中禅寺湖に生きる国境を超えた釣りロマン

明治時代ー。
各国の大使や要人、貿易商など、日本に暮らす外国人はまだ多くなく、港のある横浜や東京以外に彼らが自由に外出を許可された場所は少なかった。そんなとき、人造湖ではなく火山で自然にできた日本の湖のなかで最も標高の高い場所にあるその湖は、彼らの避暑地として一時代を築いた。フライフィッシングの聖地としても知られる奥日光に悠々と水をたくわえ、その水面に男体山を写す中禅寺湖は、今も釣り人を魅了し続けている。

山上の異国

春から夏にかけて予定していた海外遠征は全てキャンセルとなり、この新型コロナウイルスが猛威を振るうなかで海外の釣りの話も微妙かと思い頭を抱えていたとき、ふと頭に浮かんだのは「まるで海外のようなフィールド」である中禅寺湖だった。ここ数年、自分のなかでホームと位置付けている湖であり、前述したように海外との所縁のあるとても珍しい釣り場なのだ。そんな湖のストーリーを、今回は自粛中の読み物企画として紹介したいと思う。

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中禅寺湖の入り口として有名な二荒山神社の鳥居

 

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国際避暑地としての歴史を物語るボートハウスは、昭和20年代に建てられた施設をできるだけ忠実に復元されたもの

なぜ中禅寺湖が海外のような場所かと言うと、気候も寒冷でランドスケープそのものが海外を思わせる部分もあるが、明治時代に外来のマスが放流されて以来、奥日光には西洋式のフライフィッシングが日本で初めて伝えられるなど、欧米人がその礎を築くために尽力した背景があると思う。ただ別荘地で暇を持て余した人々の気まぐれなどではなく、きっとこの地に、どこか遠い故郷の懐かしさを感じたに違いない。
今でも湖畔には当時建てられたリゾート施設や各国の大使館別荘が記念館として残され、国内外を問わず多くの観光客で賑わっている。

東京アングリング・エンド・カンツリー倶楽部

中禅寺湖の釣りの歴史を語るうえで避けて通れないのは「東京アングリング・エンド・カンツリー倶楽部」という社交クラブだ。中禅寺湖に流れ込む湯川は今もフライフィッシングの聖地と呼ばれ、そこに初めてブルックトラウトを放したのが当時貿易商として欧米と日本を行き来していたトーマス・グラバーという人物。一瞬彼の名前にピンと来なくても、長崎のグラバー園ならわかる人も多いのでは?

そしてグラバーの死後、彼の所有していた中禅寺湖畔の別荘を買取り、グラバーの息子とも親交の深かったハンス・ハンターら日英ハーフや在日外交官、当時の財政界のメンバーが立ち上げたのが東京アングリング・エンド・カンツリー倶楽部であった。日本の自然を愛する個人が集まり、国同士という枠を超えた紳士の交流クラブという構想に、僕は壮大なロマンと情熱を感じる。残念ながら昭和19年の戦中にクラブの存在はなくなってしまったとされるが、彼らの築いた漁業ではなく遊漁としてのフィッシングカルチャーの礎は、初めて湯川にブルックトラウトが放たれた明治35年(1902年)から数えて約120年経った今も脈々と受け継がれている。

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1898年ごろに撮られたというグラバーの写真(左)、右は大島久治(遊漁券を買える大島商店のご先祖様だそう)

時にトラウトフィッシングのマナーやモラルといった側面は、ビギナーや普段トラウト釣りをしない人たちにとっては「とっつきにくそう…」と感じてしまうかもしれないが、僕は中禅寺湖に通う釣り人たちの高い意識は、当時から続くジェントルマンシップの末裔だと思っている。ちなみに、当時のクラブのトレードマークのステッカーを今も湖畔のある酒屋の店主様が復刻して作っていたりしていて、彼らの残した「紳士の釣り」に今も数多くの人が魅了され続けているのがわかる。

中禅寺湖の魚

中禅寺湖にはもともと魚がいなかったそうだ。記録では1873年(明治6年)に、華厳の滝を源流に湖の下流を流れる大谷川(だいやがわ)からイワナが放流されたとある。当時まだいろは坂もなければ自動車もないときに、山を登りイワナを運んだ人はどんな気持ちだったのだろうか。そのときに湖にいたイワナは3尺を超えていたという記録も残っていて、考えただけでそわそわしてしまう。今ではヒメマス、ホンマスという和製(?)トラウトに、レインボートラウト(ニジマス)、ブラウントラウト、ブルックトラウト(カワマス)、そしてレイクトラウトと、外来トラウトも多い。そして僕がここ数年虜になっているのは、日本で中禅寺湖でしか釣ることのできないレイクトラウトである。

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最大で1mを悠に超える大型のイワナの仲間。カナダから運ばれたレイクトラウトが初めて湖に放たれたのは1966年(昭和41年)。それ以降自然繁殖を続け、その系統を保ちながら子孫を残し続けている

ちなみにレイクトラウトはとても長寿な魚で、時に70歳を超える個体も本国にはいるらしい。ひょっとすると放流されて以来ずっと生きている魚がいるのか? と思いを巡らすと、とてもロマンがある。最大で1mを超えるこの魚は、70cmほどの魚でもその瞳の奥にどこか威厳すら感じるほどだ。

中禅寺湖でも過去に巨大なレイクトラウトがキャッチされているが、海外では46.3kg(102lb)が記録されていて、日本記録が約16kgほどなのを考えると、それだけの巨大魚を育むにはやはり広大な湖が必要なのかもしれない。僕の先輩アングラーがカナダで80cmクラスをかけたときに、それを横から食べようとしてきた、まるで長机のようなレイクトラウトがいたらしい。
ちなみに中禅寺湖の西側半分は通年禁漁区となっていて釣りはできないが湖をぐるりと囲む山道があり、周囲長は約25km。1日かければ歩いて1周できる程度だ。

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新緑の季節、トップウォーターでねらうブラウントラウトも中禅寺湖ならではの釣りの一つ