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「釣り餌レストラン」第12回のメニューはサナギ。そうシルク、絹の原料であるカイコガの繭を湯がいて取り除いた後に残った蛹(さなぎ)のことだ。タンパク質豊富で日本では長野県や群馬県などで食用にされる以外は家畜の飼料として、そして釣りエサとして古くから有名だ。そのニオイは強烈で特にチヌ、クロダイ釣りのエサとして有効、サシエ、マキエに用いられる。
マキエとしてのサナギの威力
イカダやカセからの「かかり釣り」で、磯や防波堤からの「紀州釣り」で、サナギは現在も欠かせないエサだ。どちらもチヌを寄せるためのマキエと、サシエを保護し海底まで届ける目的を兼ねたダンゴエサの配合には、現在も粉末状のサナギ粉やミンチ状のいわゆるサナギミンチが多用される。そのフレイバーがチヌの食欲にガッツリ火を付けるのだ。もちろんサナギのニオイに狂うのはチヌだけでない。特に水温が高い時期、エサ取りと呼ばれる小魚も多く集めてしまうため、真夏の紀州釣りなどでは、あえてサナギ粉を混ぜず砂と米ヌカだけのダンゴも使われるほど。
フカセ釣りで使用するオキアミのマキエに配合する粉末エサにもサナギ粉が使われている。チヌ用はもちろんグレやマダイ用の粉末エサにもサナギ粉が配合されていることがあるのは、それだけ集魚力に優れているからだろう。
現在ではほとんど見かけなくなったが、かつてはサナギだけ、サナギそのままをマキエにしてチヌをねらう釣りも多かった。関西では和歌山県、特に南紀地方で盛んな釣りだった。代表的なのが南紀田辺あたりの夏磯で行われていた浮かし釣り。
水に浮くサナギの特性を利用し、少量ずつパラパラ撒いたサナギを潮に乗せて流していくと、それにつられたチヌが海面まで浮上してサナギを食う。その姿は派手で圧巻! ポカンと海面に波紋ができる。ときには海面上に飛び出した大型チヌの姿を確認できることもある。
最初は釣り座から離れた潮下でポカンポカンとできていた波紋が、時間とともにどんどん近寄ってきて、ついにはすぐ目の前でチヌが浮くことも。サナギの魔力に、神経質なチヌも警戒心を解くのだ。
従って浮かし釣りの仕掛はシンプルだ。ハリを結んだハリスの上、ほんの数十cmの位置にウキを付けるだけ。一昔前の田辺ならベテランの多くは。適当にちぎった発泡スチロールをハリスにくくり付けているだけだった。
こんなかんたんな仕掛にサナギ1個を丸ごとハリに刺し流していく。チヌが食えば派手な波紋と同時にサオまで一気にその衝撃が伝わる。田辺磯、真夏の風物詩だった。実は関東の房総半島や三浦半島にも同様の釣りがある。ハネ釣り、ポカン釣りなどと呼ばれエサにはサナギだけでなくスイカも使用するのが特徴だ。
そんな田辺よりもさらに南。枯木灘に面した日置川河口左岸に連なる磯場でのチヌ釣りは夜間がメインだった。釣り方は電気ウキ釣り。マキエには渡船店で用意してくれる一斗缶に入れられたサナギミンチを使用した。田辺の浮かし釣りのように海面でチヌを食わせることはなく、ウキ下1~1ヒロ半といった、いわゆるフカセ釣りである。
サシエとしてサナギを使うコツ
かかり釣り、磯釣り、紀州釣り、いずれにしてもサナギをハリに刺す場合は1個付けが基本。ハリを埋め込むように隠してしまう。もしくは2個付け。エサ取りが多い場合に有効だ。エサ取りが少なくチヌの食いが渋い場合は指先でちぎったサナギを1~3個ハリに刺してもよい。かかり釣りではサナギのほんの一欠片(ひとかけら)だけをハリ先にちょこんと刺す場合もある。
サナギは水に浮くものが多い。従って浮かし釣り以外では、しばらく海水に浸しておいて容器の底に沈んでいるものを使用すること。浮いているサナギは浮かし釣りのマキエとサシエ専用だ。普通のウキ釣りの場合はハリ軸にヒューズなど、いまでいう糸オモリを巻いて重く浮き上がらないようにし、海中でサシエがきっちりなじむようにするのが古くからの知恵だった。逆に浮かし釣りをする場合、海水に浮くサナギを使い切ってしまった場合は、含んだ水分をぎゅっと絞ることで、サシエにもマキエにも浮くサナギとして使用できる。
本来は海中に存在しないサナギ。昔の人が養蚕地の川上から川を流れ下ったサナギにチヌが飛び付く様を見て、釣りエサとして思い付いたのだろう。雑食性のチヌにとってサナギは、まさに珍味佳肴(ちんみかこう)に違いない。