「軟体動物であるイカやタコは貝殻を脱ぎ捨てた貝の仲間である」という話をご存じの方は多いと思う。一般的なタコには、その痕跡が見あたらない(貝殻を持つアオイガイというタコもいる)が、甲イカ類の甲(いわゆるイカフネ)や筒イカ類の軟甲は実は体内に残された貝殻なのである。イカやタコの成長が早いのは、貝殻を大きく頑丈にしなければいけないという制約がないからなのだ。
またイカやタコは頭足類と総称される。頭に足があるから頭足類なのだ。簡単にいうとイカやタコも目のある部分が頭で、内蔵を包む外套膜の部分が胴であり、頭の上に足(脚)が伸びる。魚類学的にはこの足を腕と呼ぶ。これを頭の下に胴がある人間に置き換えると、イカやタコは足が上で胴が下。頭上の足すなわち腕は、まるでデーモン閣下のツンツンヘアーのように見えてくるから面白い。
今回はイカがテーマ。我々、釣り人の相手をしてくれる身近なイカ類の見分け方と地方名を整理しよう。
イカは筒イカ類と甲イカ類に分けられる。近年はダンゴイカ類が別グループとして認識されるようになったそうだが釣りではポピュラーではないので、ここでは割愛する。
筒イカ類でおなじみベスト4はケンサキイカ、ヤリイカ、スルメイカ、アオリイカだ。ところがアオリイカを甲イカの仲間だと勘違いしている人がいる。形こそ丸っこくコウイカに似ているがアオリイカは筒イカ類である。甲イカ類ではコウイカ、シリヤケイカ、カミナリイカがトップ3だろう。
筒イカ類の見分け方
アオリイカ3タイプ
アオリイカを甲イカと勘違いする人がいるぐらいだから他の筒イカとの見分けは簡単。
特徴を簡単にいうと鰭(みみ、えんぺら)が胴の全長にありシルエットは他の筒イカとは違い丸くずんぐり卵形である点。ちなみにアオリイカは近年の研究で赤イカタイプ、白イカタイプ、クァイカの3種に分かれることが遺伝子レベルで確認されており、釣り人の間でも意識されつつある。特に沖縄では古くから体色とサイズで、この3タイプに分けていた。クァイカは大きくなっても15cmぐらいの小型種で死んだ珊瑚に産卵し、琉球列島や小笠原諸島に分布する。
赤イカタイプと白イカタイプは色の違いだが、アオリイカはご存じのとおり釣り上げた直後から体色の変化が激しく赤くなったり白くなったりと非常に変化が激しい。釣り人の認識では沖合の深いところにいてボディーが細長く4kg、5kgと大型になるのが赤イカタイプで、どちらかといえば九州以南に多い南方系。一説には本州最南端、紀伊半島の潮岬より東には少ないという。
一方の白イカタイプは日本各地に普通にいるアオリイカで、ボディーは赤イカタイプより丸い感じ。しかしこれも決定的な見分け方ではないことを付け加えておく。
ついでにアオリイカの雌雄の判別方法。ボディー背面の模様で見るのが一般的。斑点状の斑紋があれば雌、断続的な白色線があれば雄。ただし斑紋と白色線の両方を中途半端に持った個体もいるのでややこしい。
【アオリイカの地方名】
モイカ(高知など四国)、ミズイカ(鹿児島、熊本、島根など)、シロイカ・シルイチャー(沖縄)、バショウイカ(伊豆)、クツイカ(紀州の一部)、タチイカ(和歌山)など。
ケンサキイカ・ヤリイカ・スルメイカ
見分けが難しいのはケンサキイカ、ヤリイカ、スルメイカだが、スルメイカは簡単。鰭が三角形で胴の後端にちょこんとある(全体に胴が長く鰭は短い)。
問題はケンサキイカとヤリイカだ。ともに鰭の形は三角ではなく菱形で胴長の60%前後と大きいことでスルメイカとは区別できる。胴体はともに細長い。特に胴長で40cm以上の大型になるヤリイカの雄は胴が長く伸び、鰭の後端が細長く伸びて槍の刃先のようになる。ヤリイカの雌は雄ほど大きくならずボディーもやや丸みがあるため、関東で丸イカとも呼ばれるケンサキイカとよく似ている。
そこで注目するのが両種の腕。10本の腕が全体的に細く短く華奢な感じならヤリイカで、比較してケンサキイカは腕が長く太い。そのなかでも触腕が特徴的でヤリイカの触腕は細く短いが、ケンサキイカは太く長い触腕を持っているのだ。
【ヤリイカの地方名】
テナシイカ(山陰、島根、萩)、ササイカ(九州)、ケンサキイカ(愛知、但馬、宿毛、九州)、サイナガ(鶴岡)、サスイカ(但馬)、ミズイカ(広島)、ヤセイカ(仙崎)など。
【ケンサキイカの地方名】
マルイカ(相模湾、東京湾)、メトイカ(関東)、マイカ(北陸)、アカイカ(東海、紀州)、シロイカ(若狭、但馬、山陰)、マイカ(関西、島根東部、山口)、ケンイカ(島根東部、山口)、ゴトウイカ(九州西部)、スルメイカ(宿毛)、ナガツル(愛知)など。
【スルメイカの地方名】
マイカ(北海道)、ムギイカ(関東)、ミズイカ(中国地方)、マツイカ(四国)、ガンゼキ・ガンセキ(九州)など。
甲イカ類の見分け方
コウイカ・シリヤケイカ・カミナリイカ
胴体の背側に甲、いわゆるイカフネを持つ甲イカ類で、もっとも簡単に見分けられるのがカミナリイカだ。ボディーの背側に唇、キスマークのような、「丸に一」のはっきりした斑紋を持っているので、すぐに分かる。
カミナリイカは以前、紋甲イカとも呼ばれたが、市場では輸入コウイカ類もモンゴウと呼ぶようになりややこしい。現在もカミナリイカをモンゴウイカと呼ぶ地方は多い。
コウイカとシリヤケイカの見分け方は胴体後端に棘(きょく=トゲ)があるかないか。棘があればコウイカで、棘がなければシリヤケイカ。またシリヤケイカは同じような位置に尾腺と呼ばれる穴があり、ここから茶色い分泌液を出す。この液で尻が汚れているように見えることから「尻焼け」という名前が付いた。甲イカ類の多くは単独行動するそうだがシリヤケイカは群れで回遊することが知られており、バタバタと数釣れるのはシリヤケイカの可能性が大。
【コウイカの地方名】
スミイカ(関東、三重)、コブイカ(宿毛)、マイカ(八幡浜、松山)、関西ではハリイカと呼ばれることも多いが標準和名ハリイカという別種がいるので注意。
【シリヤケイカの地方名】
コウイカ(関東)、マイカ(関東)、シリイカ(下関)、クサリ(萩)、マツイカ(仙崎)など。
【カミナリイカの地方名】
モンゴウイカ、モンコウ、マルイチイカ、ギッチョ、ギッチョウ、コブイカなど。