筆者が幼い頃、ウツボは魚ではなくウミヘビか何か(ウミヘビは魚類なのだが)で、深い海の底にしかいないと思っていた。いや、そう思いたかったというのが正しい。
しかしこの魚、実は世界中の温帯から熱帯に広く分布していて、温暖な水域を好むため南西諸島には様々な種類のウツボが生息しているが、千葉などの関東沿岸ではウツボと言うと大体1種類を差すようだ。堤防の足元にこの魚を見つけた時は、どこか恐ろしいというか、想像していなかっただけに非常に驚いたのを覚えている。
ウツボの名前の由来は、岩穴やテトラの間など狭く暗い空洞をその住処とすることから、それを意味する古語である「うつぼら」がウツボに変化していった説と、その昔未だ弓矢が多く使われていた時代に矢を入れておく容器が「空穂(うつぼ)」と呼ばれ、その長く細い形状がウツボに似ているからその名前が由来したという説もある。
食べたことがある人が意外と多い
ウツボを狙って釣るという釣り人は少ないかもしれないが、意外にもウツボは地域によっては古くから食用として重宝されてきた。特に紀伊半島や四国・九州・沖縄など温暖なところがほとんではあるが、最近ではその他の地域でもウツボを出す料理店も増えている。実は千葉県と静岡県が漁獲量トップ2である。
小骨が多いことを除けば、適度に脂の乗った半透明な白身の味は上品で、湯引きやたたきの他に、干物・煮魚・揚げ物、鍋料理など、実はかなり多くの料理で使われていることからもその味が良いという部分がうかがえる。しかし種類によってはシガテラ毒を持つものも有り、毒を持つとされるドクウツボやあまり大型のウツボは食べない方が良いかもしれない。陸にあげても数十分は死なずに生きているそうなので、噛みつかれないよう注意も必要である。
見た目とは裏腹な平和主義
しかし、実はこの魚の興味深い点は料理や釣りよりも生態系でのこの魚のポジションであると筆者は考える。
通常食物連鎖の頂点に立つような生き物は獰猛で、口に入る生き物なら何でも食べてしまうようなイメージがあるが、ウツボと相利共生の関係にある生き物は、人間とも馴染み深い(いや一方的に人間が好き好んでいるであろう)伊勢海老である。
何故なら伊勢海老にとってタコは人間の次に天敵と呼べる生き物だが、そのタコはウツボにとって大好物なのである。ウツボは伊勢海老を襲わず、むしろ側にいればタコが向こうから近づいてくる。他にもホンソメワケベラや数種類のエビやゴンズイの若魚は、ウツボの皮膚や口の中の寄生虫を食べてくれるので、ウツボは彼らを食べることはないという。そう考えるとウツボは周りの生き物全てに嫌われているという訳ではないし、むしろウツボがいる場所というのは、その他の魚や甲殻類が多いとも判断できるのではないだろうか。
ウツボが日本を救う?
ちなみに高知では「ウツボ祭り」という変わったイベントが開催されているようだ。
海のギャングとも知られ、基本的には嫌われ者な事が多いウツボだが、コラーゲンを多く含み美容にも良いとされ、淡白な白身の蒲焼は鰻にも劣らないとも称されるウツボのイメージをもっと良くしようと、アートや展示など様々なウツボに関する催しが充実しているらしい。
高知県須崎は、「美味しいウツボ料理の町」として町興しをするだけでなく、地元で長く愛され続けてきたウツボの食文化を内外に伝えていこうとしているのだ。
関サバ関アジなど、ブランドネームのある魚が日本各地に存在するが、いずれブランドウツボが、鰻の減少の憂いを吹き飛ばすような存在になるのではないかと、密かに期待している。しかしこの厳つい顔だ、ウツボが釣れて皆が喜ぶのはまだ少しだけ先なのかもしれない。