自分にとってのトラウトシーズンの幕開けが目前まで迫り、落ち着きのなくなる時期を迎えたときにふと思い出した遠い日のある鱒釣り。あえてトラウトではなく鱒(ます)と呼びたくなるのは、僕の大好きなノスタルジーが詰まった1日だったからだと思う。
17世紀に出版されて以来、今も釣りの聖書と称される「釣魚大全」の著者である作家アイザック・ウォルトンも愛した”英国の鱒釣り”。時代背景を鑑みても、その鱒が指すのはブラウントラウトで間違いないだろう。イギリスでは英語で単に”Trout”と言うと、ほぼブラウントラウト(Brown Trout)を意味する。
僕が初めてイギリスでブラウントラウトを釣るシーンに出くわしたのは20歳のとき。「ユーロ2004」というフットボールの祭典にロンドンは沸き、そこに暮らし始めたばかりの自分にとってはどこか他人事のような騒ぎから逃れるようにして、初めてのひとり旅に出た。本当にざっくりと行きたい街をいくつか選び、格安の長距離バスを予約しただけの旅だ。そのときに立ち寄ったある田舎町で、少年たちがパンをエサにして鱒釣りをしていた。
まだ英語のたどたどしく、話しかける勇気のなかった僕は遠目にその魚を眺めているだけだったが、金色に光るその魚体は強烈に記憶に焼きついたのを今でも覚えている。
それから数年が経ちイギリスに住み始めたときに、しばし休んでいた釣りを再開。子供のころに帰るかのごとく釣りに没頭し、毎朝のように水辺を歩いていた僕はふと、あのときの少年たちが釣り上げていた魚を思い出した。ロンドンの運河でのパイク釣りもだんだんとコツをつかんできたし、渓流魚のいない千葉で育った僕にとって憧れの魚でもあった鱒を釣りたいという衝動は日に日に大きくなっていく。気持ちを抑えきれなかった僕は、パンをエサにする鱒釣りではなく、ルアーでねらうトラウトフィッシングの準備をすぐに始めた。以降、電車に乗って旅をして釣りをするというのが週末の定番になったのだった。
初めてのブラウントラウトとの対面は、意外にも街中を流れる小川だった。釣り方に持ち方、写真の撮り方にいたるまで全てが未熟だったが、やっと出会えた特別な1尾だったと思う。
2011年に帰国した僕は、数年間医療関係の仕事に携わったのち、釣りのプロモーションの仕事へと転職した。そしてまたイギリスにトラウトフィッシングをしに帰って来たのは、少年たちの釣るブラウントラウトの姿を初めて目にしたあの日から10年が経った2014年の夏だった。しかも戻ったのは、まさにあの「鱒釣り」を遠巻きに見つめたあの川にだ…。
ブラウントラウトという魚を釣ること自体は珍しくない今の生活を送っていても、何故だかこのときの釣行が色褪せる気配は全くない。イギリスにしては珍しい真夏日で、アイスコーヒーの氷もすぐに溶けてしまうような暑さ。予定よりも遅れてしまい街に到着したのはお昼過ぎで、魚の活性が低いのではと心配したが、水面を元気に割って出た魚の姿を見てその不安は一瞬で消し飛んだ。
どんな釣りをしていても、いつかのあの日の釣りを追いかけていると最近思うようになった。その時その時に出会ったドラマを起こした魚と、同時に味わった極上の興奮にまた触れるために。もしくはそれを上書きしてしまうようなさらなる大物と出会うために…。
気づけばこの日の釣りすら随分前の話になり、初めて釣りをした日から数えればもう30年は経っただろうか。不思議なことに、そんな昔のことでも鮮明に覚えている釣りがいくつかあり、そのときから体に染み付いた釣りを軸に今も釣りをしている。
僕はノスタルジーという言葉が好きだ。きっとそれは、釣りをしていたから出会えた「いつかのあの日」がたくさんあるからなのだと思う。先に名前を挙げたアイザック・ウォルトンの残した言葉のなかに、「穏やかになることを学べ」がある。こんな風に釣りと時間が結びついた、いつかの1尾を思い出すときは、僕は少なくともイライラもしていなければ、ワクワクを忘れてもいないだろう。都合よく解釈をすれば、それこそが穏やかであることなのだと、彼の愛したトラウトフィッシングが教えてくれるかのようだ。
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栃木県在住。国内のトラウトフィッシングから海外の釣りまで、人生を豊かにするライフスタイルとしての釣りを日々模索し発信しているフィッシングピーターパン。PIKE STREET MARKETディレクター。ひと×コト×Sakana栃木PRアンバサダー。
サポートメーカー:Huerco、BIGFISH1983、Rマジックテスター。VARIVASフィールドモニター、Patagoniaプロセールスプログラム。
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