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INDEX
周囲を海に囲まれた我が国ニッポンは紛れもなく海釣り天国、多種多様な魚がねらえるが、同じ魚種をねらうにしても、さらに同じ釣りジャンルといえど、地方によって独特のカラーがあるのが、何より古くからニッポン人が釣りに親しんできた証拠。
「あの釣りこの釣り古今東西」第16回はチヌ(クロダイ)のかかり釣り。波静かな内湾に浮かべられたイカダやカセ(小舟)から警戒心の強いチヌをねらうこの釣りは、地形的な要因で、まさに「西高東低」の釣りというイメージが強いが、その起源は意外なところにあったのかもしれない……。
「中通しオモリ」か「固定オモリ」か
2派があった関西かかり釣りシーン
1980年代初頭、私が釣り雑誌社に籍を置いていたころ、関西での「チヌのかかり釣り」は大きく2つの流派に分かれていた。ひとつは丸型の中通しオモリ3号をハリから数10cm上あたりに止められたゴム管(つまようじ止め)で、オモリがそれ以上下がらないようにした遊動式の仕掛での釣り。もう一方はナツメ型の割りオモリ3号をハリ上20~30cm(ぐらいだったと思う)のハリス部に固定した仕掛での釣り。
共通していたのは道糸、ハリス通しのフロロカーボン3号を小型の両軸受けリール(上向きに使用)に巻いているという点と、竿の長さは1.8mが標準だった点。
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釣り方は大きく違って、中通しオモリではチヌの前アタリが出たらラインを送り込んで竿が締めこまれる本アタリを待ってから掛けるスタイル。一方の固定オモリ式は小アタリでも積極的にアワセを入れるスタイル。双方それぞれにファンがいて、三重県の伊勢志摩、紀東から和歌山県下、日本海では若狭湾などが主な釣り場だった。
黄土ダンゴに繊細な仕掛
一線を画す徳島県堂浦のかかり釣り
前述のどちらの釣りもダンゴを使った釣り。紀伊半島では米ヌカと砂ベースにて、若狭方面では赤土ベースである。関西圏でのダンゴはほぼこの2タイプだったが、徳島県鳴門市の堂浦では今も昔も黄土ベース(水分量多めでべちゃべちゃ)だ。
釣り方も3号という大きなオモリは使わずダンゴの重みだけで仕掛を沈めたり、大きくてもガン玉3B~5Bという、どちらかといえばフカセに近い仕掛(当時からラインも1号以下? とかなり細かったように思う)での釣りが昔から定番だったようで、近畿地方の釣り場とは一線を画していたように思う。
ちなみに静岡県清水港でのダンゴは「おから」ベースである。
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現在、全国的に主流になった細いライン、軽いオモリ(もしくは完全フカセ)、下向きに使用する専用リールでのかかり釣りのルーツは、徳島・堂浦の古くから繊細だった釣りにあると思われる。
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江戸時代からチヌ釣りが盛んだった静岡県清水港
かかり釣りの起源は所説あり、昭和20年代後半~30年代前半に三重県の鳥羽湾や福井県・若狭湾あたりという人もいる。ともに波静かな深く入り組んだリアス式海岸で盛んだった真珠、カキなどの養殖イカダの下に群がるチヌを見て、養殖業者が一部の釣り人に釣り場として(イカダに小舟を固定して)開放したのが事の起こりだとか。
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一方でこんな話もある。
駿河湾に面した静岡県の清水港は、東海地方では浜名湖と並んで「かかり釣り」が盛んなお土地柄で、ここでは江戸時代からクロダイ釣りが存在したそうだ。その長い歴史が全国のクロダイ釣り、とくに関西のチヌかかり釣りに少なからぬ影響を与えたのは間違いなく、実は関西のかかり釣りのルーツは東海地方の清水港にあるのかもしれない…という話。
江戸時代、旗本衆は江戸前に舟をつないでクロダイを釣っていたという。同じ徳川御三家のおひざ元、駿府に近い清水でクロダイ釣りが盛んになったのは明治維新後で「大名釣り」と呼ばれていたという。
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維新のあと、江戸を出た旗本衆が、巴川が流れ込む折戸湾(清水港)の地形に目をつけて始めたものであろう。現在の清水港のかかり釣りも当時の大名釣り的な面影を残しており、冬場の火鉢や座布団などのサービスが現在も続いている。
東海地方から伊勢志摩、若狭、
そして西日本各地へ?
そんな静岡県の清水に近い浜名湖を経て、立地的に近い鳥羽や伊勢志摩、はたまた若狭方面に「かかり釣り」が伝播したとみても不自然さはない。その後、和歌山、徳島、香川(小豆島)、愛媛(宇和海)、高知、能登など、中部~西日本各地でも盛んになったと考えることができる。
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さらに西の九州でも「ダゴチン釣り」という名前でチヌのかかり釣りが盛んだが、その伝播が西日本各地の延長線上にあるのか、九州独自のものなのか資料がなくお伝えできないのが残念だ。
近年は東の東京湾(内房)にも多くはないが「かかり釣り」ができる場所があるのも付け加えておこう。